ミズーリ州

ミズーリ州 (Missouri, MO)は、アメリカ合衆国中西部のミシシッピ川沿いにある内陸の州。現在は観光が州の主な産業の一つとなっている。

州都はジェファーソンシティ市。同州を代表する都市はセントルイス市とカンザス州との州境にあるカンザスシティ市であり、共に都市圏人口200万人以上の大都市である。 他の主要都市には、スプリングフィールド市、インディペンデンス市などがある。 とりわけミシシッピ川に面するセントルイス市は、開拓時代より西部への玄関口として発展し、現在では中西部きっての観光都市である。

また、ミシシッピ川沿いにある多数の町は、ヨーロッパからの移民の影響を強く受けており、現在でも当時の教会や町並みが多く残っている。特にセントジュヌビエーブ(Ste. Genevieve)や、そこから1時間程の場所にあるケープジラードなどはフランス系移民の影響が強く、大きな教会や狭い街路など美しい町並みが見られ、知られざる観光地である。

「ミズーリ」は、インディアンのアルゴンキン語族の言葉で「泥の水(ミズーリ川のこと)」を意味する。

ミズーリ州の歴史

ミズーリ州の歴史(ミズーリしゅうのれきし、英:History of Missouri)では、主に、アメリカ合衆国ミズーリ州となった地域に、ヨーロッパ人が探検を始めてからの歴史を概説する。

17世紀

1673年、ジャック・マルケット神父とルイ・ジョリエがカヌーでミシシッピ川を下り、後にミズーリ州となる地域を進んだ。2人はミシシッピ川を全て下り海に達した。1682年、ロベール・ド・ラサールはルイジアナ領土をフランスのものと主張した。

この時から19世紀にミシシッピ盆地で初めての鉄道が敷かれるまで、ミシシッピ水系がこの地域で唯一の通信と交通の手段だった。フランス支配の初期は、先住民族との交易が唯一の主要産業だった。これにはカバノキ樹皮のカヌーや丸木船が使われた。

18世紀

1720年までに、五大湖やミシシッピ川河口を通って移民が大挙して入植した。急速に拡大する商業の需要に合わせて、バージや竜骨船が導入された。1720年にはまた、フランス人フィリップ・フランソア・ルノーによって初めての黒人奴隷がミズーリ地域にもたらされ鉛の採鉱に携わった。鉱山業者はミシシッピの鉱山で金も探していた。

1724年、エティエンヌ・ブールモンによって現在のミズーリ州キャロル郡のミズーリ川北岸に、オーリンズ砦が建設された。

1750年、サントジュヌヴィエーヴがミシシッピに建設された。フランス王ルイ15世はこの領土で黒人奴隷を使うことに関する布告を発行した。

1762年のフォンテーヌブロー条約によってスペインがこの地域の支配権を獲得したが、1770年までは実質的な支配を始めなかった。スペインの支配下でも黒人奴隷に関する法典は存続した。

1764年、フランス人ピエール・ラクレード・リゲストによってセントルイスが造られた。5年後、リゲストはセントチャールズを交易拠点として設立した。

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